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2010年5月11日

 

 今年もまた梅の季節がやってきました。一昨年、昨年と梅干を作ってみました。特に難しいことはありません。多少手間はかかりますが、売っている高級梅干と比べても負けていないと思います。ただ、おいしいのでその年の内に食べてしまうので、少し味に深みがありません。

 カリカリ梅が好きなら青梅を、柔らかいものが良いのなら熟したものを漬けると良いでしょう。ただし、それなりの大きさのいい品物は非常に高いので覚悟しておいたほうが良いでしょう。梅干し梅をは塩漬けにして干すものですので、1キロの梅が梅干になると半分以下になります。

 1キロで大きいものだと30個程度、小さいものだと70個程度と、大きさによって個数に差があります。重さではなくて個数で考えたほうが良いと思います。最初は八百屋さんに頼んで選んでもらうほうがいいかもしれません。

 梅酢はクエン酸と塩の溶液ですので、金属製の容器は使わないで下さい。梅酢を使うものでは入れ物はガラスか陶器、琺瑯びきの容器が良いと思います。木の桶やポリバケツが悪いわけではないのですが、色が付いたり、箍が金属製の場合さびたりして傷むとがあるので、避けたほうが良いと思います。

 

 

梅干の作り方

 

用意するもの

   貯蔵ビン            5リットル入り程度のもの。

              漬ける梅の量に対して余裕のある大きさのもの。

                           材質はガラス製のものか琺瑯(ホウロウ)製のもの。

                           使う前に良く洗って乾燥しておく。

 内蓋と重石      内蓋は容器の内径に近いもの。重石は1キロ程度のもの

 青梅                2~3キロ 軟らかいのが好みなら完熟梅を使う。

                        カリカリ梅が好みであれば青梅を使用する。

                         南高梅の完熟だとかなり高価 (2009年はキロ1500円以上)

 塩                    300~450グラム(梅の重さの15%)

           にがりの入っているもの。精製塩はさける。

 ホワイトリカー   梅酒に使う このホワイトリカーでよい

   赤紫蘇             塩もみをしたものを売っているので好みで

 

 1. 買ってきた梅を水洗いしてごみを取り除く。ざっと水切りをしてタオルの上に広げ、ヘタを爪楊枝などでつついて取る。この時傷んでるものを取り除く。完熟梅の場合、皮が破れやすいので注意する。その後。乾いたタオルで拭いて貯蔵ビンに入れる。貯蔵ビンはガラスの物が中が見えてよいのですが、光のあたる場所におくと紫蘇の色が変わりやすいので注意すること。陶器のカメに木の蓋もいいと思います。半日程度風を当てて水気を飛ばしたほうがいいという人もいますが、2.でやるようにホワイトリカーで洗うのであればあまり神経質に梅を乾かす必要はない。

 

 2. 貯蔵ビンに入れた梅が浸る程度にホワイトリカーを入れ、軽くゆすってホワイトリカーを他の容器に移す。梅の消毒でこれをするとカビが生えないといわれてやっているが、必ずしなければならないということでもないらしい。

 

 3. 塩を全量いれる。この塩はにがりなどの入っている粗塩が良い。天然塩が良いとは思うが高すぎる。私は塩化カリウムの多いものを使っている。ここで使用する塩の量は、昔で言う梅四斗塩六升という漬け方で、かなり塩の量が多いほうです。塩の量が少ないほど保存性は悪くなります。塩の量が多いからといって特に塩辛くなることはない。

 

 4. 1日すれば少し塩が下の方に落ちてくるので、少しゆすって塩を下に落とす。完熟梅の場合数日で梅酢が出るので梅全体の半分程度が梅酢に浸かったら重石をする。重石は最初から入れても良いが、私はなんとなくこのようにしている。

 

 5. 1~2週間すれば梅酢の色が変わってくる。この梅酢が白梅酢である。ここで白梅酢を梅が浸かる程度まで減らして、赤紫蘇を入れて色づけをする人もいる。私はここで白梅酢を少しとっておいておき、前年の赤梅酢と混ぜて紅生姜をつけている。

 

 6. 8月のお盆の頃に梅を干す。熟した梅の皮は破れやすいのでくれぐれも注意する。本来これは土用干しといって土用の頃にすることであるが、必ずしも土用に休みがあるとは限らないのでお盆の頃にやっている。竹の平らなざるをホームセンターで梅干ざるといって売っているので、それを買ってくるのが簡単である。皿の上に並べても良いが、皿に当たっている部分が乾かないため、頻繁に裏返す必要がある。紙の上に並べると梅が紙にくっついてしまうことがある。ムシロでも良いが他に使えなくなる。私の祖母のところには梅干用のムシロという紫蘇の色に染まったムシロがあった。天気の良い日を選んで3日ほど続けて干す。夜は部屋の中に入れる。カチカチに干からびるまで干してそのまま貯蔵する人もいるがこれも好みで。まわりの梅酢が乾いて白くなった梅干もおいしいもので、今年漬けたものであれば梅の香りが立って若い感じが強いが十分に食べられる。

 

 7. 乾いたものを貯蔵ビンに入れ、上から梅酢を入れる。この時、取り分けておいた白梅酢ではなく、売っている赤梅酢を入れれば赤く染まった梅干ができえる。私はこのときに取っておいた白梅酢を梅が浸る程度入れ、その上から買っておいた塩もみした赤紫蘇を入れる。2~3週間もすれば赤く染まるので食べるのはそれから。

 

 

2009年5月11日

 

 子供の頃、私の家には陶器のつぼがあり木の蓋がしてありました。梅干のつぼでした。中には梅干と紫蘇、そして紅生姜が入っていました。梅干はおにぎりの中やおかゆのよこに、紫蘇は最後まで残って、しっかり絞ってカラカラに干したものをすり鉢で粉にして、ふりかけに使っていました。紅生姜は大きく切っててんぷらに、細く刻んでバラ寿司に乗せたり巻き寿司に添えたりしていました。ここに紹介するのは昔の紅生姜に近い味だと思います。生姜は塩漬けではあまりおいしいものではありません。しかし梅酢に漬けると一味も二味も違うのはなぜでしょうか。

 

 

紅生姜(べにしょうが)の作り方

 

用意するもの   

 貯蔵ビン            5リットル入り程度のもの。

 内蓋と重石      1キロ程度のもの

 新生姜              2~3キロ 

 塩                   100~150グラム(生姜の重さの5%)  

 赤紫蘇             塩もみをしたものを売っているので好みで

 梅酢                昨年の梅をつけた梅酢を使う。なければ売っているものを。

 1. 生姜をよく水洗いし泥を落とし、水切りをする。

 2. 生姜を適当な大きさに切り分け、葉や茎の部分を切り落とす。大きなものはたて半分に切る。

 3. 切り分けた生姜を貯蔵ビンに何回かに分けて入れ、そのたびに塩を入れる。3キロぐらいであれば生姜、塩、生姜、塩、生姜、塩ぐらいの三層に入れると良い。貯蔵ビンは梅干同様、ホウロウのいれもの、陶器のつぼ、ガラスなどが良い。ポリバケツでも良いが色が付くのであまりお勧めはしない。

 4. 1週間ほどすれば生姜から水が出て生姜がしんなりと柔らかくなるので生姜の液を捨て、梅酢を生姜が浸かる程度に入れる。この時紅色を強くしたければ塩もみした紫蘇を入れる。売っている赤梅酢でも良い。この段階でも食べられるが、まだ生の生姜に近いし、そもそもおいしくない。梅酢を入れてから2週間ほどすれば紅生姜らしい味になっている。家で作った梅酢を使うときは梅酢の味を見て塩を足す。生姜の量の2%程度足したほうが良いことが多い。

 5. 生姜を最初から薄く切って塩漬けし、1週間ほど置いて生姜の液を捨て、甘酢に漬けると寿司の付け合せにする甘酢生姜になる。

 蛇足:    私は8月ごろに食べる若い感じの生姜が好きなので、生姜の水気をあまり絞らないように塩の量を5%でやっていますが、梅酢を入れるときに塩加減を見て、元の生姜の量の2~3%の塩を足すこともあります。最初から梅干と一緒に漬けるのであれば、生姜の重さの15%の塩を入れて漬けるのも良いと思いますが、生姜は下漬けをしたほうが梅酢の味が良く効いておいしいと思います。

 

 

 

2010年5月10日

 最初、梅シロップは梅酒の飲めない子供用にと考えてはじめたものです。しかし、数年前のクエン酸ブームのためか、大人にも好評で、焼酎の梅割りに使う人もあるようです。この作り方のポイントは梅を一度氷結するところにあり、こうすれば失敗はありません。氷砂糖で作るより簡単で、失敗がありません。蜂蜜だけで作ると、梅から出る水分で糖度が下がるためかカビが生えやすくなり、また異常発酵でガスがよく出るようです。氷砂糖は糖分濃度を上げて異常発酵やカビを予防するためのもので、蜂蜜100%が好みであれば梅シロップを加熱(一度沸騰させる)すると常温で3~6ヶ月保存できます。

梅シロップの作り方

用意するもの               貯蔵ビン            5リットル入りのもので、ガラス製のもの。

                       内蓋と重石      1キロ程度のもの

                                   青梅                 22.5キロ

                                   天然蜂蜜           22.5キロ(青梅と同量以上)

                       氷砂糖          蜂蜜の重さの2割程度かそれ以上

1. 梅を洗ってヘタを取り、水気をふき取りしばらく乾かす。

2. 青梅をビニール袋に入れて口を縛り、冷凍庫で1日凍結する。

3. 凍結した青梅を貯蔵ビンに入れ、解凍せずに蜂蜜を入れる。貯蔵ビンの口までいっぱいに入れないで必ず隙間を空けておく。5cm程度はあけておいたほうが良い。

4. 1日置くと蜂蜜が底にたまり梅が浮くので、梅の上に平らなものを置き、その上に1キロ程度の重石と氷砂糖を乗せる。梅が常に蜂蜜に浸かるようにする。

5. 氷砂糖が完全に溶け、梅がしわだらけになったら重石をのけて撹拌する。

6. 2週間前後で一部の梅がビンの底に沈む。ほとんどの梅の実がしわだらけになれば、梅の実は出してシロップだけ保存する。梅の大きさによって分量は変わるが、梅の実が大粒であればこの分量でで4リットル強のシロップができる。

7. 原液を加熱せずに保管する場合は冷蔵庫で保管する。ペットボトルを使用すると冷蔵庫で保管していても、炭酸ガスが出て、ペットボトルが膨らんでくるので注意する。ビンなどで保管する場合も密封してはいけない。長期保存する場合には、冷凍庫で凍結保存するか、一度加熱して沸騰し、醗酵を止める。

基本的には夏の間に飲みきってしまうこと。

注意:蜂蜜は安いもので良いが,必ず天然の蜂蜜を使用する。梅の状態や保管場所の温度などにより醗酵する事があり、炭酸ガスの泡が出ることがあるので貯蔵瓶の上部に必ず空間を作る。ジャムの瓶などを使用する場合、決して貯蔵瓶を密閉しないようにする。梅が浮いたままであると、梅のエキスが出にくいので、全部の梅がしわしわになるまで時間がかかる。

重石は浅漬けなどに使う小さなものをホームセンターで売っている。ただし、貯蔵ビンの口が小さいものもあるので買う前に確かめること。

取り出した梅の実は水煮にして身をほぐし、砂糖、蜂蜜を加えてジャムにする。

飲み方

 原液20 mlに冷水80100mlが適当と思われるが好みで。食あたりの時には原液20mlをそのまま飲むと下痢止めなどの効果があることもある。焼酎の梅割の風味付けにもつかえる。

使用する青梅は、梅酒、梅シロップともに、南校梅、鶯宿(おうしゅく)、古城(こじょう)等何を使用しても良い。緑色が鮮やかで大振りのものが良い。梅酒には完熟の梅を使用しても良いが、梅シロップに熟した梅を使用する場合には発酵しやすいのでガスに注意し密封しないこと。氷砂糖の量を増やすと発酵を抑制できる。又、白カビも液面上に生じることがあるがこれは見つけるたびに箸などで取り除き、シロップを保存する前に一度鍋に入れて沸騰させる。 

 

 

2010年3月

 5月の終わりごろから青梅が出回ります。私が作っている梅酒と梅シロップの作り方を紹介します。氷砂糖の量は昨年から変えました。昨年までの量ではあっさりしすぎるとの意見が多く、氷砂糖の量を増やすとこの方が美味しいという人が多かったので、今年はこの量でやります。

梅酒の作り方 

用意するもの               貯蔵ビン            5~6リットル入りのもの。

                                  青梅                    22.5キロ

                                  氷砂糖                梅と同じ重さ

                                  ホワイトリカー30度以上の1.8リットルのもの2本

1. 青梅を洗ってヘタを取り、水気をふき取りしばらく乾かす。

2. 青梅をビニール袋に入れて口を縛り、冷凍庫で1日凍結する。

3. 凍結した青梅を貯蔵ビンに入れ、氷砂糖を入れる。

4. ホワイトリカーを入るだけ入れる。(透明の蒸留酒で香り付けのしていないものなら何でも可。ウオッカは良いが、ジンや芋焼酎などの香りのあるものは梅の香りと混ざって好ましくない。)これを冷暗所に保存する(床下収納や押入れの隅などが良い)。室温程度であれば温度を気にすることはない。

5. 34ヶ月経つと透明なホワイトリカーが琥珀色になるのでその頃から飲める。甘さは好みで飲むときに砂糖の分量を調節する。

6. この分量は梅が通常の作り方より多いで、梅の味が非常に強くなる。

7. 梅の実はそのまま食べられる。丸のまま甘く煮ても好いし、ジャムにしても好い。

8. もっと飲みたい場合には、5.の時に最初に梅酒の3分の1程度を別のビンに取り出し、残りのビンに梅酒を取り出した分だけホワイトリカーを足す。この時砂糖は好みで足す。最初に取り出したものにもホワイトリカーを足して増量してもよい。

 

注意:小出しにする場合には、ガラス瓶を使用する。ペットボトルは成分がアルコールに少し溶けることがあり好ましくない。

長期保存をすると琥珀色が濃くなる。5年を超えると色はますます黒くなり、とても飲めるように見えないが味は良くなる。

尚、通常の梅酒は梅1キロ、氷砂糖0.5キロ、ホワイトリカー1升(1.8リットル)が標準である。甘さは好みで調節する。

最近、ブランデー等で作るやり方のあるが、梅のにおいと重なって、私は好きではない。

貯蔵ビンは内蓋のついているものが小出しにするとき便利である。もっとも最近のものはたいてい内蓋が付いている。ホームセンターで手に入る。

 

 

 

 

アメリカに行ってきました

 この文章は2008年の6月の終わりから7月の初めにかけてアメリカに行った時のことを書いたものです。この旅行の目的はアムトラックの寝台車に乗ることと、独立記念日の花火を見ることでした。その道中で色々なアメリカらしい体験をしたので、旅行案内風にまとめてみました。最近のネットの充実はかなりのもので、飛行機の予約だけでなく、スーパーシャトルの予約やホテルの予約、クルーズの予約にアムトラックの予約とこの旅行の予約のほとんどをネットで行いました。また目的地の情報などもネット検索が役に立ちましたが、役所などのホームページ以外の個人情報については、どこを調べればよいかの参考程度にして、自分で確認する必要があるでしょう。

 

 ニューヨーク空港のスーパーシャトル           

 スーパーシャトルとは乗り合いのタクシーのようなもので、10人乗りのミニバンに色々なところから何組かの客を乗せて、それぞれの目的地に送り届けるものです。料金的にはタクシーより安く、バスよりは高いものです。もっとも、3人以上のグループであれば、タクシーのほうが安いという微妙な料金ではあります。

 飛行機がケネデイ国際空港に着いたのは夜の9時前で、入国管理も通関も簡単に済み9時過ぎには空港の外に出ました。専用の呼び出し電話でスーパーシャトルの事務所に連絡し、15分ぐらいで車が来て運転手が電話のところまで迎えに来ると返事をもらって、待っていたのですが、20分ほどしても現れる様子がありません。30分ほどしてスーパーシャトルの制服を着た人間が現れたので話をしてみると、私たちを迎えに来たのではないとのこと。それじゃどうするんだと聞いたら、彼の車に乗れというとにかく荷物を後ろに入れ、その車に乗ると出発しました。

 車には私たちしか乗っていなかったので、ほかの客を迎えに行くのだろうと見ていると、ターミナル2という所で車を止めて運転手君はターミナルの中へ入っていきました。ところがそこに待っているはずの客がいなかったようで、一人で帰ってきました。同じことをターミナル3とターミナル4で繰り返し、又ターミナル1に戻りました。ここまでで約20分経ちました。今度は1から237を回ってやはり客には会えず、これで出発かと思うと、運転手君の携帯にメールが入り、ターミナル1に戻ります。今度は1人お客が乗り込んできてこれで出発かと思ったときにまたメールが入り、又振り出しのターミナル1に戻りました。今度は37でお客に会えたようで、もう2組お客が乗り込んできて、やっとマンハッタンに向けて出発しました。最後の二組は別にして、私たちの後に乗り込んできた1人は不満たらたらで運転手君に文句を言っていました。運転手君のほうも頭にきていたようでフリーウエイでは周りの車を蹴散らすようにかなりのスピードを出していました。

 マンハッタンの南のほうのホテルに着いたのは12時前になっていました。ホテルのマネージャーが、何故こんなに遅くなったのだと聞いたのでわけを話すと、タクシーを使うのが当たり前だと思いっきり馬鹿にされました。ちなみに、ニューヨークでは空港とマンハッタン島のタクシー料金はどちらからでも約50ドル程度の定額で、たいていの人はタクシーを利用するそうです。

 

チェルシーホテル

 私たちがニューヨークで泊まったホテルはチェルシーホテルというところで、1920年代に建てられたものだそうです。何人もの有名人が泊まり、日本のガイドブックにもニューヨークらしいホテルとして紹介されています。一例を挙げるとアーサー C クラークが2001年宇宙の旅をこのホテルに滞在して書いたそうです。

 ロビーには絵や美術品(現代美術の作品)が飾られ、階段や廊下の壁には多くの絵が掛けられています。部屋はそこそこの広さですが、天井が高く、家具は昔の家具を手入れして置いています。壁は分厚くて60センチぐらいあり、窓の内側には壁の分の出窓のようなスペースがあり、その内側によろい戸が着いています。内部の様子はホテルのホームページで見られるので、興味のある方は一度見ていただきたいと思います。

 料金は1190ドルと安いのですが、これは税金のかかる前の料金ですので実際には200ドルをこえます。ここで面白いのは、部屋の備品です。テレビ(19インチの液晶)、エヤコン(昔の壁に穴を開けて据え付けているもの)、インターネットの端末はあるのですが、冷蔵庫がない、湯沸しもドライヤーもない。バスタブの栓もない。普通の日本のホテルとは、あるべきものの順番が違うのではないかと思ったのは、やはり日本人の考えなのでしょう。しかし、2日目からはそれに慣れてしまったのはやはり年のせいなのかと納得したりして。

私の子供たちでは、このホテルには泊まっても不満に思うのではないかと考えてしまいました。冷蔵庫やドライヤーを取るのか、昔風の天井の高い広い部屋を取るのか人それぞれですが、なんとなく今の子供たちのどれぐらいがこのアメリカらしいといえばアメリカらしいホテルを選ぶのかを考えてしまいました。

 

ランチクルーズ

 自由の女神をみる一般的な方法は、マンハッタン島の南の端にあるバッテリーパークからフェリーに乗ってリバテイ島へ行くというものですが、これでは下から見上げるだけで全身を写真に撮る事さえできません。顔の下からのアップや全身を見上げる写真はよくありますが全身を離れた所から写した写真にはまず見かけません。これは自由の女神がある島に十分な場所がないためです。

 自由の女神を座ってゆっくり見たいと思ってランチクルーズに乗りました。一人約40ドル、税金、サービス料込で約50ドルは昼食と運賃を含めればまあそれなりの料金だと思います。それに窓側のテーブルを確保するための50ドルを含め二人で150ドルほどかかりました。クルーズのホームページには襟のついたシャツを着てこいとか、タンクトップは駄目だとか、運動靴やサンダルは禁止だとか色々うるさいことを書いてはいますがそこはアメリカ、上着を着ていたのは私ともう一人だけで、後は運動靴ありTシャツありのカジュアルな服装ばかりでした。

 食事は日本で言うバイキング、飲み物は持ってきてくれますが食べ物は取りに行かなければなりません。船は22番街の西のはずれにある桟橋から出航してハドソン川を南に下り自由の女神のあるリバテイ島まで行き、それからまた北に向かってマンハッタン島の東側イーストリバーをブルックリン橋近くまで上がり、新しい名所である滝を見て南に向きを変え、バッテリーパークの近くを通り、またハドソン川をたどって元の港まで戻ってきます。行きは観光案内があり、帰りはショウとダンスがあります。ただし一切日本語がないのと、ダンス音楽がロックなのが多少こたえるというかなんというか。

 お目当ての自由の女神のリバテイ島につくまでにも、コルゲートの工場跡にある大時計であるとか、昔の入国管理事務所のあったエリス島であるとかみどころはいくつかあります。リバテイ島に近づくと船はスピードを落として島から200300メートルのところをゆっくりと動きまわり、その間に乗客は写真を撮るということになります。もちろん甲板にも出られるのでガラス越しではない写真が撮れます。私が行った日は晴れていたので青空を背景にした自由の女神像の写真を撮ることができました。

 クルーズは約3時間少々で元の港に帰ってきました。明石大橋を回るルミナス�Uと比べると船は多少小さくて古いですが結構楽しめるクルーズでした。日本からでもネットで予約ができるので興味のある方は試してみられるのもいいかと思います。

 Spirit of New York | Pier 62, Chelsea Piers | West 23rd Street | New York, NY 10011

 

セントラルパーク

 セントラルパークで馬車に乗りました。料金は30分でチップを入れて50ドルぐらい。乗る前にちゃんと交渉すること。大体4人乗りです。話が決まって乗り込むとセントラルパークの中の道を30分ぐらいかけて一回りしてくれます。見どころについてはガイドもしてくれますがニューヨーク訛りかスペイン語訛りで聞き取るのはかなり難しかった。夕方の時間だったので平日にも関わらず結構人出がありました。私が行ったのは7月の初めだったのでアメリカでは夏時間を採用しているためもあり、4時ごろでも日はまだ高かったようですが、曇っていたのでよくわかりません。

 セントラルパークの中は車や馬車の通る道と自転車の通る道は分かれていました。芝生はきれいに刈り込まれ、かなり大きな森もありましたが、その上からビルが見えているのも町の中の公園らしいと思いました。ただその芝生にやたらと山や谷があったのと、大きな岩がごろごろしていたのには少々違和感がありました。御者の説明によると、それは岩塊ではなくてマンハッタン島の基盤の岩盤の一部が露出しているとのこと。周りを掘って掘りだしてどこかへ持っていくわけにはいかないそうです。

 約30分で元の所に帰ってきてお金を払って終わりですが、チップ次第で馬との記念写真などもサービスしてくれます。乗り場というか馬車の集まっているのはグランド・アーミー・プラザという公園の東南の角でプラザホテルの向かい側のあたりです。

 

トップ・オブ・ザ・ロック

 ロックフェラーセンタービルの屋上のことです。ロックフェラーセンターそのものが観光名所になっていますが、地下の入り口から屋上息のエレベーターに乗って展望台に行くことができます。入場券はロックフェラーセンターの前の広場で売っていますし、エレベーターの近くにも売り場があります。時間によってかなりの行列ができる様で、エレベーターの入口あたりにはデイズにランドにあるような行列用の場所がありました。入場予約がインターネットでできる様でホームページに書いてありました。ただし、始めていく時はロックフェラーセンターの方から行った方が分かりやすく、私は南側の通りから入り込んでかなり迷いました。私が行ったのは開場時間の8時30分だったので特に待つこともなく入れました。ロックフェラーセンターにはテレビのアメリカ3大ネットワークのNBCが入っていて、何かと人が集まるところだそうです。

 エレベーターは67階直通で、一見何の変哲もないものですが、動き出すと天井が透明になってイルミネーションが楽しめます。時間は1分弱でしょうか、すぐに付く感じです。67~69階の展望台とホームページにあったので何かと思うと展望台のテラスが3段階になっていて67階の一番広いいうなれば屋上部分にもう2階建物があるということです。移動のためのエスカレーターもありますが、階段もあります。この展望台の部分にもお土産屋があり、キーホルダーや帽子小物を売っています。

 展望台からの360度の展望は無理です。一番上の69階でも真中に2階建てほどのアンテナの土台と階段の入口がほとんど幅いっぱいに立っているのでその部分が欠けます。もちろん反対側に行けばその方向のパノラマが見渡せるのですが、一か所に立ってぐるりと見渡すことはできません。それでも北にはセントラルパークを挟んでアッパーイーストサイドとイーストリバー、アッパーウエストサイドとハドソン川が一望でき、南はエンパイヤーステイトビル越しに米粒ほどの大きさに自由の女神見えます。西側にはハドソン川越しにニューアークが見え、東側にはメットライフビルと国連本部の建物越しにクイーンズやブルックリンが見えるはずなのですが、国連本部は見逃しました。エンパイヤーステイトビルがほとんど同じ高さに見えたのは多分距離による目の錯覚だと思います。さすがアメリカと思ったのは北の方に地平線が見えたことです。多少、もやがかかっていてはっきりしなかったのが残念でした下りのエレベーターでは天井が透明になるのが分かっていたのでしっかり上を見て楽しみました。

 地下にはかなり大きなブックショップがあり、雑誌、飲み物、スナック、キーホルダー、Tシャツ、その他いろいろと売っていました。そのなかに今はないワールドトレードセンターのキーホルダーなども売っていたので思わず土産に買ってしまいました。

 

メトロポリタン美術館

 日本ではメトロポリタン美術館と言われていますが、それはこの博物館のごく一部を表したもののように思いました。確かに19世紀ヨーロッパ絵画彫刻の展示室では何を見ていいのかわからないほど入り組んだ部屋の壁にはところ狭しと絵が掛けられ、そこだけで疲れてしまうほどの量があります。他にもヨーロッパ絵画の展示場や中国、ギリシャの展示場、エジプト美術の展示場などがありとても1日2日で見られるものではありません

 私が面白いと思ったのは、たまたまエジプト美術の展示場から迷い込んだアメリカ館の部分です。そこには絵ではなく18世紀から20世紀にかけてのアメリカの生活用品というか雑貨というか、箪笥やヤカン、水差し、皿、とにかくそういうものがデパートの売り場さながらに並べられていました。他の展示場に比べて通路もせまく、展示物の量が多く、安売りのホームセンターでももう少しゆとりがあるぞと言うぐらい詰め込まれていました

 アメリカという国は歴史のないことを誇りにしている反面、かなりのコンプレックスを持っている国です。少しでも故事来歴のあるものならばすぐに歴史的遺物遺跡にしてしまう傾向があります。時間があればゆっくりと見たかったのですが、入館して見始めたばかりで、19世紀の絵画彫刻の展示場にも行っていなかったため、通り抜けただけでした。この部分を見たせいか Of Artと付いても基本は博物館(Museuam)だと何となく納得していました。

 ここの入場料は大人20ドルなどとガイドブックに書いてありますがそれはあくまで任意、払わずに入っても構わないわけです。しかし、受付をしている人などはかなりの部分がボランティアだということを聞いて、あなたはただで入りますか。Metはいつでも寄付を受け付けています。年間会員の受け付けもしているのでよろしければどうぞ。お土産は地下のギフトショップにいろいろと売っています。お勧めは水色のエジプトのカバの彫刻のレプリカ。私の診療室にも置いていますが、問題は誰もこれが3500円だと思ってくれないことです。運が良ければセールの商品がたくさんあります。美術書などが半額以下で買えることもあります。

 

フラットアイアンビルディング(アイロンビル)

 私の泊っていたチェルシーホテルは23rd Street7th Ave.8th Ave.の間でしたが、ホテルの前を5th Ave.まで東へ行くとブロードウェイが北西から南東へ斜めに交差してタイムズスクエアのような三角形の部分ができます。この部分に三角形のビルが建っていて、昔のアイロンのような形をしています。1902年に建てられたものでとにかく不思議な形をしているのをガイドブックで読んで見に行きました。

 ニューヨークには珍しい六叉路の一角にあり、すぐ北側にはマデイソンスクエアパークという公園があり、その公園から見るのが一番安全でした。100年前の建物だけあって外壁は一番上の部分が張り出し彫刻がしてありました。私の感じではアイロンというよりはやはり昔の船のイメージではないかと思いました。

 

アムトラック

 ニューヨークのペンシルバニアステーションを夕方の4時に出発するレイクショアーリミテッドという特急列車に乗りました。ガイドブックに書いてあるとおり、出発の15分前までどのホームに列車が着くのか表示が出ません。表示が出たら急いでそのホーム(正確に言うとホームではなくトラック、軌道といいますが)に向かいます。改札口でない入り口から入って、エスカレーターで地下2階の乗り場に向かいます。列車は先頭にディゼル機関車があり、次が乗客の荷物を積み込む貨物車、この車の外観は普通の客車のようですが窓がありませんその次に寝台車が3両続き、食堂車、ラウンジカー、椅子席の車両が3両という編成でした。寝台車は2人ずつの個室で、トイレやシャワーのついた大きな部屋が車両の片側に3つ、小さなものが両側に6室づつ合計15ありました。私たちの個室は小さなほうでしたが、トイレが着いていました。トイレの蓋と、洗面台が上の寝台に上がる階段になっていました。昼の間は上の寝台は上のほうへ押し上げられ、下の寝台は向かい合わせのいすになっていました。いすの幅は60センチ以上あり、かなり広い感じがしました。列車は4時丁度に出発し、最初の停車駅にも時間通り到着しました。色々な話の中でアムトラックが定刻に発着しないのは定説のように言われていたので意外な気がしました。

 しかし、時間が経ち、列車が進むにしたがって徐々に遅れが生じ、次の朝には2時間弱の遅れが生じていました。そして、朝の7時ごろ食事をするために食堂車にいくと列車が止まりました。駅でもなんでもない野原の真ん中とでも言うところです。向かいに座っていたおばさんが、さっきそこに鹿がいたというようなところです。食事を終わっても動きません。アナウンスもありません。停車してからおよそ2時間も経ったでしょうか、ようやく列車が動き始めました。アナウンスはありません。そのうちなんとなく煙のにおいがしだしました。窓から工場の焼け跡と、何台もの消防車が見えました。そこで初めて、火事があってそれが消えるまで停車していたのが分ったのです。たまたま私たちの窓から見えたのでそれと分ったのですが、反対側の人たちには何のことか分らなかったでしょう。

 私たちの乗った列車は、シカゴのユニオンステーションに945分に到着する予定だったのですが、実際に着いたのは午後210分ごろでした。12時を過ぎた頃に、乗客にはシチューを入れてラップでくるんだ皿とパンの入った箱が配られました。とにかく、日本ならうるさいほどある事情を説明するアナウンスも、お詫びのアナウンスもなく、ユニオンステーションでもそれらしきアナウンスは一切なかったのが、いかにもアメリカだなあと感じました。しかしこの列車から乗り継ぎを考えていた人たちはどうなったのでしょうか。日本に帰ってきて2週間ほど経ってからJRに乗ったとき、瀬戸大橋線で貨物列車との行き違いでマリンライナーが5分ほど送れて岡山駅に着いたときの対応のあまりの差にやはり日本とアメリカは違うなと痛感しました。

 私はアムトラックが好きになりました。椅子は広いし、ベッドのマットレスも軟らかすぎず硬すぎず快適でした。料金も、移動費用とホテル費用の合計と考えれば、決して高くはないと思いますが、寝台車はアメリカ人にとってある程度贅沢な旅行のようです。学生さんが節約して旅行するのであれば、グレイハウンドなどのバスを使ったほうが安上がりです。寝台車であれば、乗っている間の食事とコーヒーと水は料金に含まれています。唯一の欠点は時間が読めないことですが、これは乗り継ぎなどを考えなければ対応ができるでしょう。ただし、アメリカ初心者の方と体力的に余裕のない方、時間的に余裕のない方、見られるだけ見て回りたいという方たちにはにはお勧めできません移動速度が遅すぎて、飛行機とは比べ物にならないほど時間がかるからです。アメリカは広く、都市と都市との間は遠く隔たっています。窓から見える風景は、一部を除いて単調で、すぐ飽きがきます。後、多少は英語が話せないと、乗務員とのやり取りに困ることがあるかもしれません。しかし、日本の列車よりもゆれは少なく、速度も60マイル(100キロ弱)程度で2人でのんびりするにはもってこいだと思います。

 

アメリカの花火

 今回の旅行の目的の一つに、花火がありました。74日はアメリカの独立記念日で、この日はアメリカ全土で花火が打ち上げられます。それぞれの市や町や村が主体となって打ち上げるだけでなく、個人的にも裏庭などで花火を打ち上げる伝統があります。今回私が行ったイリノイ州では花火は禁止、つまり個人的に裏庭でやる花火は販売も打ち上げも法律で禁止されています。しかし、6月の中ごろから隣のインディアナ州に車で出かけ、花火を買い込んでこの日に備える人がかなりいることは公然の秘密です。

 わたしたちのいった2008年の夏はシカゴでは観光客のために、毎週末ごとに花火を打ち上げることになっていました。私の友達が73日に、ミシガン湖に突き出しているネイビーピアのレストランを予約してくれていて、食事をしながらの花火見物となりました。夏の暑いときにクーラーの効いたところで、と思われるのは日本から見れば当たり前ですが、この日は午後3時ごろで気温は19℃、ミシガン湖沿い独特の風があって、夜にはもっと温度が下がったようです。それはともかく、9時ごろようやく日も暮れて暗くなった頃、花火が始まりました。シカゴは緯度的には札幌と同じぐらいで、デイライトセイビングタイムいわゆる夏時間を使っていても、日本よりも少し日暮れが遅くなります。もっともセントラルタイム地域の東の端になりますので日本の夏の日暮れの感覚とあまりずれてはいません。その日は、40分ぐらいの間におおよそ5000発の花火を打ち上げたとのこと。とにかく花火が丸く見えない状態で、一度に5~10発を打ち上げるので、あがった花火が落ちてきて消えるところなど見えない、といえば少し大げさですが、そのような感じで後から後から打ち上げ来ます。とにかくインパクトだけを狙っているように感じたのは、私の僻みでしょうか。花火そのものは日本でよく見られるものが多く、特に目新しい感じはしませんでしたが、いくつもの火の玉がロケットのように火の尾を引いて上がっていく、いわゆるローマンキャンドルというのが、いくつもまじっていたのが、アメリカらしいといえばらしかったといえるでしょう。この日この花火を見た人はおよそ100万人だったとのこと。

 7月4日の夜は、シカゴから車で2時間ほどのところにある友達の診療室の駐車場から、その診療室のある村の花火を見物しました。1kmとはなれていない近くの高校のグラウンドが打ち上げ場所で、折りたたみの椅子に座ってビール片手に花火見物です。ここでも9時ごろから始まりましたが、8時を過ぎて少し暗くなり始めると、診療室の裏の方から個人的な花火の打ち上げがあり、それもずいぶんな量を打ち上げていました。ここの花火はシカゴと違い、予算の関係もあったのか、日本の打ち上げ方に近いやり方でした。近くの村の打ち上げ花火も別の方角にいくつか見え、アメリカ全土で花火をしているのだなと感じられました。

 花火を見る準備をしていたときに、驚いたことにこの駐車場に蛍が飛んでいました。友達に聞いてみると別に珍しいものではなく、気にしたこともないとのことでした。近くに川ぐらいはあるだろうがと、友達が言っていたところをみると本当に気にしていない様子に驚きました。日本で駐車場に蛍がいればそれだけで新聞沙汰になるのにと思うと、アメリカはまだまだ自然があるのだなと感心してしまいました。

 花火が終わって友達の家に帰る途中、少し小高いところに通りかかったとき、11時過ぎにもかかわらず地平線のあちらこちらに鶉の卵あるいは五円玉の孔からでも見えるような小さい花火が見えていました。30年ほど前に私がすんでいたアパートの屋上から見て以来、ずっともう一度見たかった花火でした。

  

友達の家の裏庭で

 75日の昼には友達の家で親戚が集まってパーティがありました。パーティに友達の娘が自分の飼い犬を連れてきていました。アメリカでは最近日本犬がブームになっているそうで、連れてきた犬はSibaだそうです。確かに柴犬らしい姿かたちはしているのですが、茶色の模様がビーグル犬の模様に似ていたのは気のせいだったと思います。

 パーティが終わってみんなが帰った後庭に出てみると、野うさぎが一匹庭の花壇の花を食べようとしていました。2メートルぐらいまで近寄っても逃げないため、友達が足を踏み鳴らすとやっと花壇の花をあきらめ、少し離れたところに移動しました。日本の野良猫のようにぱっと逃げて物陰から様子を見ているのではなく、芝生の上で早く我々がいなくならないかというような目つきでみていました。我々が前回に来たときには冬だったためと、友達の飼い犬がいたのとで、あまり近くには来なかったそうで、リスとウサギは良く見かけるということでした。さすがに裏庭には入ってこないけれども、近くで鹿も見かけるとのことでした。友達の家はWestern Springsといってシカゴの中心部から車で40分ぐらい西南西に行ったところで、閑静な住宅地ではありますが、野良ウサギや野良鹿がうろうろしているとは考えもしなかったのでかなり驚かされました。

 驚くことはそれだけではありませんでした。日が暮れて、庭のテラスのいすに座って話をしていると、何か眼のすみに光るものを感じました。飛蚊症にしてはいやに光がはっきりしているなとよく見ると、蛍です。ここにも蛍が二つ三つと誰かの俳句ではありませんが、まさか裏庭に蛍がうろうろしているとは、本当に驚かされました。友達にすれば我々が何をそんなに驚いているのか、そのほうを驚いたようです。家内は前日の診療室の駐車場で見た蛍とこの裏庭の蛍、リスとうさぎで花火はどっかへ行ってしまったようでした。

 

2008年5月26日

歯が1本100万円?

 

 1週間ほど前の産経新聞のブログ紹介欄でDr. Whiteという歯科医の方が、歯は1本100万円の価値がある資産で、その資産が不注意によって失われているという内容でした。私はこの1本100万円の根拠を知りたいと思いましたが、それについては書かれていません。。

 私はこの診療所を開業してから、患者さんに対して「むし歯1本車1台」と説明してきました。これは、むし歯を1本作ったら一生の間何度も治療をしなければならないので、その費用が積もり積もって車1台程度のお金がかかるといいたいわけです。

 むし歯の治療は一回したらそれで終わりと考えているならばそれは間違いです。最近の詰め物は材料が良くなっているので普通は5年、うまくすれば10年程度は持つのですが、歯みがきや口の中の手入れをサボっているとすぐにむし歯が再発します。一度むし歯になってしまうと、治療しても詰め物の周囲にむし歯ができやすくなり1年~2年で治さなければならないこともあります。費用の方も1回目よりは2回目、2回目よりは3回目のほうが高くなります。今の健康保険は大体3割負担ですので、仮にむし歯1本それも少し色がついて痛みもほとんどないようなものでも、安く見積もって個人負担は2000~3000円かかります。歯科医院に通う回数も1回か2回で済むかもしれません。これはあくまで最低限の話です。

 むし歯がひどくなって簡単に削って詰めてでない場合には、費用のほうも通院の回数もずっと多くなります。これが4~5年ごとに繰り返されるのです。そのうち歯の頭の部分(歯冠:しかんといいますが)が削られてなくてってしまうと、入れるものの料金はさらに高くなります。最終的には歯の根もなくなって入れ歯になります。

 10歳前後でむし歯になって歯がなくなるまで約40~50年、5年ごとに治療しなおしたとして約10回歯科医院に通うことになります。かかる費用も上から下までさまざまですが、かなりのお金がかかることがお分かりいただけると思います。これはあくまでも確実に出て行くお金の話で、通院にかかる時間、治療中の不快感、新しい詰め物あるいは入れ歯が入るまでのの不自由な状態、その間の食事のおいしくないことなどのマイナスが色々とあります。これらのことを考えれば、最低でも安物の中古車1台分の値段にはなると思います。これだけのお金をわざわざ支払いたいと考える人はいないでしょう。歯を虫歯にしないことでこれだけのお金を節約できるとすれば、歯は1本100万円でも安いかもしれません。

 ごく一部の極端に歯の弱い人たちを除いて、むし歯は歯みがきなどにより予防することができます。さらに、歯みがきによって歯周症(いわゆる歯槽膿漏)も予防することができます。ただし正しい歯みがきの方法で磨かないと歯が磨り減ったり歯茎に傷がついたりします。一度近くの歯医者さんで、正しい歯みがきの仕方を確認してください。100万円のものを守るためにはそれなりの努力が必要です。

 日本歯科医師会では「8020運動」を行っています。80歳で20本の歯をという運動ですが、別に80歳で20本の歯を目標に上げなくてもいいではないかと思っています。それよりまず来年の自分の歯に今以上のむし歯を作らないことを目標にあげましょう。5年後10年後にむし歯による歯の喪失がないように努力しましょう。そしてこの目標を達成したら、自分で自分を褒めてください。今の日本でこの目標を達成できる人はあまり多くないと思いますから。

食文化について

 私は食べることが好きです。現在58歳ですので食べる量はずいぶんと少なくなりましたし、色々な理由で食べる量を減らすようにしています。しかし、おいしく食べられるという健康状態が人生に大きな楽しみを与えてくれています。

 今、日本では世界中の料理が食べられます。人々がおいしいものを食べたいと考えたその結果だと思います。物流機構も整備され、冷凍技術も発達し、南太平洋のマグロであれ、北大西洋のひらめであれ、ノルウェーの鮭であれ、アメリカやオーストラリアの牛肉であれ、近くのスーパーマーケットで安く手に入ります。このような状態を何かおかしいと感じる私は普通ではないのかもしれません。

 生鮮食料品が買いやすくなった代わりに、保存食品が買いにくくなりました。乾物屋というものを見かけなくなりました。鰹節屋や昆布屋もずいぶんと少なくなったように思います。もちろん伊丹にはまだ何軒か店を開いていられます。私の家でも鰹節削り器を置かなくなってずいぶんになります。というよりも、昔からある保存食品、いわゆる乾物、塩乾物、干物についていくつ名前が挙げられるでしょうか。日本の食卓でこのような保存食が使われなくなってからずいぶん経つように思います。干ししいたけ、高野豆腐そしてかんぴょうにデンブ(魚を加熱してほぐしたものに味をつけ、炒りあげたもの)といえば50年前の海苔巻きの中身でこれに三つ葉の湯がいたものを入れました。今、あなたの家では海苔巻きに何を入れて巻いていますか。

 別の保存食に漬物があります。住宅事情などで漬物ダルを置けなくなったということもありますが、ぬか床を作っている家庭はごくまれにしかありません。米の消費量が減っていることから、漬物の需要が減っていることは十分納得の行くことです。しかし、別にぬか床がなくても漬物はできるし、ぬか床を使っても臭いは工夫で気にならないようにできます。

 私はこれからこのページを使って、日本の食べものとその文化について色々と書こうと思います。ご意見、質問などはこのホームページの問い合わせのメールで送ってください。矯正歯科についての問い合わせと同じ様式で送ってください。矯正歯科治療の申し込みと同じように歓迎します。

三谷矯正歯科診療所